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【市況】植草一秀の「金融変動水先案内」 ―トランプ大統領の「オレ流」に振り回される金融市場

植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)

第10回 トランプ大統領の「オレ流」に振り回される金融市場

植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)

●連休明け直前の衝撃炸裂

 金融市場の10連休を再考するべきだと思います。5月6日まで金融市場は驚くほど平静を保ちました。5月3日の米雇用統計では雇用者増加数が26万人を超えて市場予想を大幅に上回りました。失業率は3.6%に低下して49年4カ月ぶりの低水準を記録しました。FRBの利上げ停止が年初来の内外株価急反発を支えてきましたから、この支えが外れてしまうことが警戒されました。

 しかし、NY株価は上昇してこの日の取引を終えました。時間当たり賃金上昇率が3月に続いて前月比+0.2%に留まったことが重視されたようです。この時点では米中通商協議が順調に進展するとの期待も残存していましたから、株式市場は全体の「空気」を読んだのかも知れません。大過なく連休明けを迎えるかと思われたまさにそのとき、大きな衝撃が炸裂しました。トランプ大統領が重大メッセージを発信したのです。

 中国からの輸入2000億ドルに対する10%の関税率を5月10日から25%に引き上げると表明しました。その理由としてトランプ大統領は「中国が再交渉を試みており、(進展が)遅すぎる。ダメだ!」としました。週明け直前にこのように発信すれば市場がどう反応するかは自明です。インサイダー取引の機会が創設されたとのうがった見方さえ成り立ち得るものだと言えます。

 いずれにせよ、金融市場には日々刻々、重大な変化が発生し得るのです。今後のために金融市場の長期連休を回避する方策を検討することが求められています。

●強い揺れは予震なのか

 世界の金融市場で強い揺れが観測されました。5月6日、上海総合指数は171ポイント、5.6%急落して重要な節目の3000ポイントを大きく割り込みました。ただし、中国副首相が直後に予定されていた米国での米中閣僚級会合に参加する意向であることが伝わり、激震が広がることは回避されました。それでも、グローバルに株価下落の強い揺れが伝播する状況が続いています。

 トランプ大統領は昨年5月24日に予定されていた米朝首脳会談中止を表明しました。安倍首相は直ちにトランプ大統領判断を支持することを表明しましたが、すぐにトランプ大統領によってはしごを外されてしまいました。6月12日にシンガポールで第1回米朝首脳会談は予定通り実施されたのです。

 相手の譲歩を引き出すために高飛車な態度を示す。相手が交渉決裂を希望していないなら、相手の側が折れてくる。これがトランプ大統領の「オレ流」交渉術であるように見えます。今回も交渉決裂ではなく、交渉で中国の譲歩を引き出すために変化球を投げたというところだと思われます。

 それでも、米国政府が正式に5月10日から関税率25%を実施することが公表され、金融市場の警戒感は解消されていません。それでも、5月9日のNY市場は、トランプ大統領が習近平主席から「美しい手紙」を受け取ったと述べたために警戒感をやや緩める反応を示しました。

●激震の本震が発生したら

 米中交渉が完全に決裂して米国による25%関税が中国の対米輸出2000億ドル、あるいは全体の5000億ドルに適用されることになるなら、世界経済は新たな危機に突入することになるでしょう。昨年10-12月にグローバルな株価下落が広がったのは、このことに対する警戒感を背景にしたものでした。

 株価急落の背景には米国FRBによる金融引き締め政策が存在したことも事実で、この要因については年初のパウエル発言以来、大幅に軌道修正されてきました。しかし、5月3日発表の雇用統計が示すように、米国経済の基調は弱いとは言えず、FRBの利下げを近い将来に見込める状況ではありません。

 トランプ大統領にとって最重要の関心事項は2020年の大統領再選で、その実現には株価の堅調維持が必要不可欠というのがトランプ大統領の判断であるように見受けられます。米中交渉完全決裂は中国に深刻なダメージを与えることになるはずですが、その際にはもれなく米国経済の崩落が付いてくるでしょう。

 そうなれば米国株価の崩落も免れようがなく、トランプ大統領の再選戦略にはっきりと黄信号が灯ってしまいます。このことを考えれば米中協議が完全決裂することは可能性として極めて低いと見られます。

 米国による高率関税発動は5月10日からですが、今回はこの日以降に中国から出荷された財が適用対象になるため、実際には数週間の猶予があります。この部分がトランプ采配のポイントなのかも知れません。問題の見極めには、少し時間が必要になりそうです。

●消費税増税再々延期の可能性

 もうひとつ重要問題があります。日本の消費税増税問題です。財務省は森友問題で安倍首相を守った「貸し」があるから消費税増税を間違いなく実施してもらいたいところでしょうが、安倍内閣の側は消費税増税再々延期に向けて着々と準備を進めてきているように見えます。

 昨年末までアベノミクスで日本経済はこんなに良くなったとのアピールばかりが聞こえていましたが、今年に入ってから真逆の説明ばかりになりました。経済が悪化していることを示すデータだけをクローズアップしてアピールする傾向が観察されています。実質賃金統計の改ざん疑惑が国会で論議された頃を契機に政府の説明ぶりが豹変しています。

 連休が明け、5月13日に景気動向指数、5月20日に1-3月期GDP統計が発表されます。いずれも日本経済の悪化を示唆する内容になると見込まれます。萩生田光一自民党幹事長代行は7月1日発表の日銀短観6月調査結果が大事だと示唆しましたが、その前の5月に、経済情勢についての政府判断の大きな変更がありそうです。

 これらの動きはすべて、消費税増税再々延期につながっていきます。仮に消費税増税が再々延期される場合には、国民に信を問うことが必要であると萩生田氏が述べました。衆参ダブル選が実施される可能性が5割以上の確率に達しているように思われます。

 安倍内閣の下での国政選挙では株価が投票日に向けて引き上げられているように観察される面もあり、今後の株式市場動向を考察する場合には政治日程との関わりも考慮することが必要になりそうです。

(2019年5月10日 記/次回は5月25日配信予定)

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