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【市況】植草一秀の「金融変動水先案内」 ―満つれば欠くのが世の常ならば―

植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)

第51回 満つれば欠くのが世の常ならば

●バイデン大統領就任

 1月20日に無事、バイデン大統領の就任式が執り行われました。選挙をすれば必ず結果が出ます。僅差でも負けは負け、勝ちは勝ちです。不正で結果が覆されたと主張するには客観的な証拠が必要になります。その証拠が整わないのに不正を訴えても通用しません。2000年のブッシュ・ジュニア候補とゴア候補による大統領選はまさに未曽有の大接戦でした。両氏が獲得した選挙人の数はブッシュ氏271に対してゴア氏266でした。最大の接戦となったのがフロリダ州で、ブッシュ氏は537票差で同州を押さえたのです。

 フロリダ州の選挙人数は25人で、結果が逆転すると獲得選挙人数はブッシュ氏246対ゴア氏291となります。ゴア陣営は集計のやり直しを求めましたが最高裁が要請を受け入れず、ゴア氏は敗北を宣言してブッシュ氏が大統領に就任したのです。

 今回の選挙でのトランプ前大統領の得票は約7400万票。バイデン候補は約8100万票でした。投票率が66%を記録したのは120年ぶりのこと。トランプ氏は大善戦したと言えますが、獲得選挙人数はバイデン氏306対トランプ氏232でした。これは2016年選挙と同じ数値ですが、2016年選挙ではクリントン女史の得票数がトランプ氏を上回りました。今回は得票数でもバイデン氏が上回りました。民主党支持者が多いカリフォルニア州を除いてもバイデン氏の得票はトランプ氏を195万票も上回ったのです。これらの数値はバイデン氏の圧勝を示しています。

●閣僚級人事の遅滞

 トランプ前大統領が不正と指摘した問題の一つがSNSによる言論規制です。一部のSNSは人々の意思決定に強い影響を及ぼす力を持ち始めています。マスメディアが世論を誘導することの是非を含めて、SNSプラットフォーマーの行動について、どのようなルールを設定するのかは、日本を含めて公正な選挙を確保する上で見落とせない視点になっています。今後、国際的に論議が高まることが予想されます。

 トランプ氏は、かねてより選挙人による投票数が確定する1月6日に抗議行動を呼びかけて強く煽ってきました。この日の行動がwild(ワイルド)になることを宣言していたのです。その意味で、1月6日の議事堂での騒乱事件に関するトランプ氏の責任は小さくありません。議会下院はトランプ氏の弾劾を決議し、弾劾の可否は上院での審理に委ねられることになりました。

 1月20日にバイデン大統領就任式典が挙行されましたが、新政権発足直後の議会でトランプ氏の弾劾事案を処理しなければならなくなります。トランプ氏が政権の引き継ぎに協力姿勢を示さなかったために、バイデン新政権の主要人事の議会承認が遅れています。主要閣僚の指名は完了していますが上院での承認が大幅に遅れており、新政権は厳しい出立を迫られることになりました。

 それでも、バイデン大統領は就任初日から精力的な行動を示しています。トランプ政治からの訣別を高らかに宣言する行動が取られています。

●多様性の最重視

 バイデン新政権の布陣を見ると3つの特徴を読み取ることができます。第1は米国第一主義から国際協調主義への転換、第2は実務型、即戦力の人選、第3は多様性の追求です。バイデン大統領はオバマ政権で副大統領を務めました。このことを背景にオバマ政権で要職にあった者の起用が随所に見られます。直ちに問題に対応できる即戦力の起用は、人事の遅れをカバーする側面を有すると思われます。

 バイデン氏は就任初日にパリ協定に復帰する大統領令に署名しました。また、WHO(世界保健機関)からの離脱を撤回しました。イラン核合意の復帰も視界に入ります。「国境の壁」建設を中止しました。トランプ路線からの明確な訣別を直ちに形に表したものと言えるでしょう。

 新政権の最大の特徴は多様性の重視です。閣僚級ポストの約半分に女性を起用しました。黒人、アジア系、ヒスパニック系からの起用が多数に上り、同性愛を公表している大統領選候補者だったブティジェッジ氏を運輸長官に起用しました。トランプ前大統領の白人至上主義的姿勢と真逆のスタンスを人事に表したものと言えます。

 人々の融和、再統合を訴えるバイデン氏のメッセージは強い共感を生んでいますが、大統領選挙結果をトランプ氏が否定したために、トランプ氏に投票した有権者の遊離が今後の米国政治運営に重大な影を落とすことになると思われます。バイデン新大統領が融和と統合を呼びかけても、米国の分断が直ちに解消されることは極めて困難な状況です。

●富裕層・大企業増税案

 株式市場はトランプ退場を歓迎する反応を示してきました。また、バイデン新大統領がコロナ対策として200兆円規模の経済政策を実施する方針を示したことも株価の押し上げ要因として捉えられてきました。NYダウ平均は3万1000ドル台にまで上昇し、史上最高値を更新し続けてきます。

 しかしながら、大統領就任と200兆円の経済対策の明確化で当面の好材料が徐々に出尽くしに近づきつつある点を否定できません。他方でバイデン氏は富裕層と大企業に対する増税案を提示しています。

 昨年11月3日の投票日直後は、上院で共和党が過半数を維持するとの見方が強まり、バイデン増税案は成立しにくいとの見通しが有力になりました。このことは株価を支持するファクターとして捉えられました。ところが、1月5日のジョージア州の上院選決選投票で民主党が2議席を獲得したため、民主党は上院の支配権をも確立しました。

 その結果、バイデン増税案が実現する可能性が高まりつつあります。所得格差の是正は経済社会の安定化のために非常に重要と考えられますが、目先の株価変動要因としてはネガティブに捉えられるのが通常でしょう。

 コロナの収束がまだ明確には見通せないことと併せて、金融市場の潮流に何らかの変化が生じる可能性を考慮しておく必要がありそうです。

(2021年1月22日記/次回は2月13日配信予定)


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