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【市況】武者陵司「安倍元首相追悼セミナー講演録 アベノミクスの歴史的功績と日本の未来」<後編>

武者陵司(株式会社武者リサーチ代表)

「安倍元首相追悼セミナー講演録 アベノミクスの歴史的功績と日本の未来」<前編>から続く

(2)日本に吹く地政学の順風と安倍政権

●日本の歴史を規定してきた地政学(=世界のスーパーパワーとの関係性)

 長い目で経済と市場を考える時に一番大事なことは「地政学、換言すれば世界を統治するスーパーパワーとの関係性である」というのが、武者リサーチの一貫した主張である。この地政学環境が第二次安倍政権の登場とともに劇的に変わった。

 日本の地政学レジームと株価推移をみると、近代、明治・大正の繁栄を支えたのは日英同盟であった。しかし、アメリカ、イギリスを敵とした戦争に負けてすべてを失った日本が再び大きく飛躍したのは、1950年の朝鮮戦争と冷戦の勃発以降である。サンフランシスコ講和条約(1951年)以降、日米同盟の下、1950年から1989年にかけての40年間に日経平均株価は400倍(年率16%)と大きく上昇した。

 この大繁栄の背後にあったのは、アメリカのアジアにおける自由主義の砦としての日本に対する継続的な経済的サポートであった。

 しかし、1990年を前後して冷戦が終わり、日本のアジアにおける自由主義の砦という役割は失われた。1990年から2010年頃までの20数年間は、経済産業の面で著しく力をつけた日本をアメリカは脅威と見て、日本叩きを推し進めた。このアメリカの日本叩き、そしてその手段として実現した超円高の結果、日本は失われた30年という長期停滞に入ったといえる。この平成の30年間、日本の株価は2割強のマイナス、アメリカその他の国では約10倍に株価が上昇する中で日本の一人負けが顕著になった。

 この失われた30年の背後にあったのは、日本とアメリカの関係性の変質である。つまり、日本を守る日米安保体制から異常に強くなった日本を抑えるための安保体制、言ってみれば安保瓶の蓋の時代と言ってよい。しかし、日米関係はいま再び大きく変わっている。米中対立が決定的となり、中国を抑止するための同盟、日米同盟の第三段階に入っている。中国が米国にとっての最大の脅威であり、中国抑え込みのためには、日本が最も重要な盾となる。日本は、世界最強の米国の最も大切な同盟国となったのである。それによる大きな追い風が、今後の日本経済を大きく押し上げていくと思われる。

●米中対立時代の安倍政権の政策、インド・太平洋構想

 米中対立を予見し、米国に対して「自由で開かれたインド太平洋」構想の構築を働きかけたのが安倍元首相である。2012年第二次安倍政権誕生の当初は、尖閣問題で対立する中国は、安倍氏を戦後の世界秩序を否定する国家主義者と指弾して、米中連携による対日批判を試みた。しかし、オバマ政権、トランプ政権は中国の危険性の認識を強め、安倍氏の先見性を尊重するようになった。

 専制国家と自由主義国家の対立の時代を予見し、自由主義の盟主である米国との関係強化を打ち出したという点で、安倍氏は世界の指導者の中で最も先見性があったといえる。

 中国を排除したグローバルサプライチェーン構築のために超円高を求めてきた米国が、いま超円安を容認している。これにより、ハイテク・半導体などでの日本の価格競争力が復活し、日本国内においては著しく割安になった賃金の引き上げが始まるものと思われる。

●長期繁栄続く米国経済、技術・イノベーションと需要創造は健在

 今後の世界経済を展望するうえで、アメリカ、中国、ドイツに主導されるユーロ圏についてコメントしておきたい。安倍政権が希求した日米同盟の強化、自由主義国家の連携と中国・北朝鮮(・ロシア)など専制国家への圧力強化という戦略が妥当かどうかは、米・中・独の将来評価にかかっているからである。価値観から見て望ましい相手とみて連携を強めても、経済力が伴わなければその関係は持続性がない。

 安倍氏が関係強化に腐心した米国経済は、これから先果たして強化されていくのだろうか。過去120年間のアメリカの株価上昇トレンドのような、100年間に及ぶアメリカの長期成長が持続できるかどうかの見極めが大事である。

 長期に経済を繁栄させるための第一の条件は、技術とイノベーションの発展、およびその結果もたらされる生産性上昇の持続性である。この点でいまのアメリカは条件が満たされているといえる。第二の条件は、持続的な需要の拡大である。技術が発展し生産性が高まるということは供給力が増えていくことと同義であり、増えた供給力に対して需要が追いつかなければ需要不足によりデフレギャップが拡大し、大恐慌に陥ってしまう。

 いま米国はじめ先進国経済は、まさに需要不足の淵にあると言ってよい。50年前のアメリカのリーディングカンパニーはゼネラル・モーターズ<GM>やゼネラル・エレクトリック<GE>であるが、これらの企業は儲かると工場を拡張し雇用を増加させ、次の需要拡大循環を引き起こしてきた。

 しかし、いまのリーディングカンパニーであるアップル<AAPL>やアルファベット<GOOGL>は、儲かっても設備投資もしないし雇用もさほど増やさない。膨大な企業利益が需要創造、経済の拡大循環に結びつかないのである。その結果、企業の余剰は金融市場に滞留し、著しい低金利を引き起こしている。

●需要創造のための良いインフレ

 正しい解決策には、生産性以上に労働賃金を引き上げ、家計消費を持続的に増加させることである。そのためには、適度のインフレが必要であるが、いまの米国でそれが起きている。2015年くらいを底にして労働分配率が上昇し、またユニット・レーバーコストも上昇に転じている。こうした動きは、賃金上昇による消費の増加、格差の縮小、資本退蔵の解消という観点から望ましいことである。

 現在、アメリカではインフレを抑制するための金融引き締めが行われている。しかし、同時に米国政府と中央銀行は、オーバーキルを回避し、良いインフレが継続するように尽力するだろう。2023年には米国経済の立ち直りが期待できよう。この点は他の機会に詳述したい。

●長期停滞に入りつつある中国経済

 それに対して中国経済は困難が強まっていくだろう。IMF(国際通貨基金)は2022年の中国GDP見通しを3.3%へと引き下げたが、これを機に中国は長期経済停滞に陥っていくだろう。(1)投資減→バブル溶解・投資余地なし・地方財政困難、(2)輸出減→世界需要減速・対中貿易摩擦、(3)消費困難→失業増・家計債務余力無・企業賃上げ余力無、の3重苦が続いていくことは避けられない。緩慢なる不動産バブルの崩壊と金融の不良債権化が進行していくだろう。

 外貨市場に不審な動きが起きている。2021年経常収支の黒字は3173億ドルと巨額なのに、対外純資産は3035億ドル減少した。合計2021年6208億ドルの対外純資産消滅が起きている。アンダーグラウンドの資金流出か、巨額の投資損失か、帳簿の改ざんか、要警戒である。一帯一路構想により中国の新興国への投融資が急増、新興国債務2300億ドルのほぼ5割を中国に負っており、それが不良資産化するリスクもある。

 2022年は中国経済の減速、米国のインフレ、ドル高もあり、名目経済成長率において初めて米中格差が拡大する年になるだろう。中国経済は中進国の罠に陥る公算が高まっており、永遠に米国に追いつけないという可能性も出てくるのではないだろうか。

●困難化に向かうユーロ圏経済

 もう一つ重要なポイントは、ヨーロッパにおける変化である。ユーロ圏の一体化と成長は、ドイツによって牽引されたわけだが、ではドイツの飛躍は何によって可能になったのかというと、それは対中・対ロシアとの連携強化によってなされた、と言ってよい。エネルギーのロシア依存を大きく高め、通商を中国に依存するというシフトがユーロ圏の繁栄の背景にあった。

 中国の国別輸出入の推移をみると、2011年頃からの10年間、中国の対日本、対米国、対韓国からの輸入はほとんどフラットであったのに、その間大きく伸ばしたのがユーロ圏、特にドイツからの輸入である。こうしてドイツは巨額の貿易黒字を築き、その余剰を南ヨーロッパ(スペインやイタリア、ギリシャなど)にECBのユーロ・システムを通してファイナンスするというパターンがユーロ圏成長の土台となった。

 そうしたドイツ主導のユーロ圏の繁栄は持続可能とは思われない。まず、対中関係はこれから悪化していく。そしてまた、ロシアに著しく偏ったエネルギー依存体制は、ウクライナ戦争によって破綻した。つまり、ユーロ圏全体の成長のスキームに大きな疑問符がつきつつある。

 しかし、欧州の中で唯一イギリスだけは、そのような制約から離れている。イギリスはブレグジットによりEUから離脱した途端、ユーロ圏に対する貿易赤字が大きく減少している。

 このように、アメリカの繁栄、そしてユーロ圏の困難化、中国のますますの停滞という中長期展望が描かれる。その中で、日本はアメリカあるいはイギリスと連携を進めようとしているが、それはまさしく経済という観点からも適切な戦略であると言っていいように思う。

 安倍政権が外交面で打ち立てた構想は、経済面でも大きな成果に結びつく可能性が高いものと言える。以上が、武者リサーチが安倍政治を歴史的なものと高く評価する理由である。

(2022年8月3日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン311号」を転載)


⇒⇒産経新聞ワシントン駐在客員特派員、古森義久氏による追悼セミナー講演録はこちら

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