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【特集】最後の砦「戦略石油備蓄」大量放出が示す結末は? 脱炭素へ舵を切るバイデン政権の思惑 <コモディティ特集>

minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司
 需要期のガソリン高を抑制するため、バイデン米政権は過去最大となる戦略石油備蓄(SPR)の放出を発表した。日量100万バレルを放出する。5月から6ヵ月間で最大1億8000万バレルを供給する見通し。先週の米エネルギー情報局(EIA)の週報でSPRは約5億7000万バレルであり、全体の30%を今年消費することになる。

●原油高を放置して進む脱炭素構想

 ウクライナ首都郊外ブチャの惨劇を背景にロシアに対する追加制裁の必要性が高まっているものの、米国を中心とした国際エネルギー機関(IEA)加盟国による石油備蓄の追加放出によって原油高は一時的に沈静化するかもしれない。米国の放出は後先を考えないほど莫大な規模である。ただ、バイデン政権は何も考えていないわけではなく、一時しのぎになれば十分であると認識している可能性が高い。米国は世界最大級の産油国だが、供給不足を本格的に解消しようとする意思はなさそうだ。

 改めて指摘することでもないが、バイデン米大統領はクリーンエネルギー構想を表明している。脱炭素社会を実現するためには化石燃料からの脱却が必要であり、高値によって人々が化石燃料を敬遠することになれば、この構想は達成に向けて前進する。低下する米消費者信頼感指数からすると人々は燃料高に怯えているが、ガソリンが高ければ電気自動車に乗り換えればいい。普及しつつある電気自動車がまだ高価であるとはいえ、地球を救うという理想の実現には痛みが伴う。

 米政府が石油備蓄を大量に放出することを発表した後、ブレント原油やウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)先物は一時的に調整含みとなった。経済活動から化石燃料が排斥されようとしているなかで石油産業に投資しても元本を回収できるのか怪しかったが、備蓄の追加放出によってさらに投資意欲が弱まったのではないか。供給不足の石油市場の需給バランスを是正するには民間企業の新規投資が必須である反面、米政府は石油企業に口先で増産を要求しつつも、あまり期待していない。むしろ新規投資を阻害しているが、彼らからすれば地球温暖化を食い止めるための原油高は必要悪である。

●SPR備蓄はもう増えない

 SPRの大規模放出で供給不足は一時的に和らぐが、在庫が乏しければ値動きが不安定化することは避けられない。低水準の石油在庫が示唆するのは相場上昇である。EIA週報で年内の民間在庫の減少トレンドに変化がなければ、供給ひっ迫懸念が本格化するのではないか。高値によって米国の石油需要は減退する兆候があり、消費の弱含みが鮮明となっていくならば米石油在庫がこれまでのように引き締まっていくとは思えないが、在庫の極端な減少は終わりの始まりとなりうる。十分な石油在庫は相場を安定させるための土台であり、価格を一定水準につなぎとめておくための最後の拠り所である。

 SPRが減ったならばまた備蓄すればいいと考えるのは浅はかである。SPRの平均取得価格は1バレル=29.7ドルで、差益によって米政府は潤うことになるものの、次のコロナショックでも来ない限り、この価格で備蓄できる機会はおそらくない。次にSPRを増やそうとするならば、かなり高い原油を購入する必要があり、SPRが取り崩し前の規模を回復することはないのではないか。電気自動車の時代が到来しようとしているのだから、石油備蓄を積み増す予算は不要であるかもしれない。

 米国や欧州は脱ロシアと当時に脱炭素も実現しようとしている。エネルギー市場の安定化や景気に対する配慮はかなり薄い。企業や家計がエネルギー高に喘いでいるとしても、根本的な需給の問題を解決する気はなさそうだ。その場しのぎ、行き当たりばったりである。理想的な社会を実現するためとはいえ、方針はかなり偏っている。脱プーチン、脱炭素が示すのは原油高であり、リセッション(景気後退)をいとわない官製相場が続きそうだ。

(minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司)

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